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ワインのトリヴィアル・パスートVol.10【 レストランの系譜 】

【 レストランの系譜 】

今回のテーマは、ワインではなくワインと密接な関係にあるレストランの系譜です。
フランス料理の歴史は、14世紀に料理のレシピを初めて体系立てて本にしたギョーム・ティレル(通称タイユヴァン)によりスタートしたと言われています。
当時は、ナイフやスプーンはありましたがフォークはまだなく料理は手で食べられていました。
そして、現在私たちがフランス料理と思っているものの起源は、16世紀にイタリアのメディチ家の王女がフランスに嫁いだことによりもたらされます。
料理先進国であったイタリアからテーブルマナーが伝わり、フォークが使われるようになり、各自が自分の皿で食べるようになりました。

19世紀に入ると順に皿を出すロシア式サービス(それまでフランスでは多くの皿を同時に出し、食べ手が好きな量だけとるというサービスの仕方でした。一方ロシアは寒く料理が冷めてしまうため一品ずつサーブされていました。)が伝わり、フランス料理が近代化されていきますが、その最大の立役者はスターシェフの走りと言われるアントナン・カーレムです。

20世紀に入ると、フランス料理のバイブルと呼ばれる「料理の手引き」を書いたオーギュスト・エスコフィエにより、フランス料理の現代化が図られます。
料理を作る上での部門シェフの導入やコースメニューを取り入れたのはエスコフィエです。
一方、1900年にはミシュランガイドが創刊され、地方のレストランが活況を呈するようになります。
その代表者の一人がヴィエンヌのラ・ピラミッドのオーナーシェフであるフェルナン・ポワンです。(現在はオーナーがパトリック・アンリルーに変わり、ミシュラン2つ星。アンリルーはパレスホテル東京のフレンチレストラン「クラウン」の監修を行っているので現地に近い皿が東京で食べられます。)
フェルナン・ポワンの功績のひとつが将来スターシェフとなる多くの弟子を輩出したことで、ポール・ボキューズ(リヨン郊外で1965年からミシュラン史上最も長く3つ星を維持しているレストラン。代官山にメゾン・ポール・ボキューズと言う支店があります。)、ジャンとピエールのトロワグロ兄弟(ロアンヌの駅前で1968年から3つ星を維持。現在はピエールの息子ミッシェルが三代目のシェフ。新宿のハイヤットリージェンシー東京に支店があります。)、ミシェル・ゲラール(1974年にキュイジーヌ・マンスール、現在でいうダイエット食を提案。1977年からミシュラン3つ星)等がその代表です。
1970年代になると流通技術の発達もあって、ポワンの弟子たちはソースを軽くし素材を生かす新しい料理を生み出しました。
それら料理はヌーベル・キュイジーヌと名付けられ、世界に広まっていきます。

しかし、単なるものまねや目新しいだけのいい加減な料理が氾濫したことから1980年代に入るとエスコフィエへの回帰運動がおこり、伝統的な技法を基とした新しい料理が造られるようになります。
これをキュイジーヌ・モデルヌと呼び、ジョエル・ロブション(1982年12月にレストラン「ジャマン」を開店し、翌83年にはミシュラン1つ星、84年に2つ星、85年には3つ星を獲得という快挙を達成した伝説的なシェフ。恵比寿のガストロノミー・ジョエル・ロブションを含め世界11か国で合計28個の星を所持しています。)やピエール・ガニエール(天才と呼ばれ、皿の縁までキャンバスに見立て料理を飾り付けた最初のシェフ。多くの素材を一皿に盛り込み、そのすべてを破錠なく意味を持たせられる唯一のシェフ。パリに3つ星レストランを持ち、日本ではANAインターコンチネンタルホテル東京に支店があります。)が代表的なシェフです。

そして90年代に入ると、世界の料理シーンをひっぱるレストランが、とうとうフランス国外に出ることになります。
スペインのフェラン・アドリア率いるエル・ブリ(トリヴィアル・パスートVol.2参照)がその筆頭で、その後しばらくはスペインの時代と言っても過言ではないと思います。
彼の料理は分子料理と呼ばれ、アルギン酸や液体窒素の使用やエスプーマと呼ばれる素材を泡状にする等の化学的技法を使い、新しい料理を生み出しました。
どんな料理かと言うと、味わいが新しいというよりは料理を再構築し見た目が斬新な料理と言えます。
たとえば、イベリコ豚からとった琥珀色のコンソメをシャンパーニュグラスに注ぎ、メロンのジュースからアルギン酸で人工イクラのような粒粒を造りそのスープに浮かせます。
見た目はカクテルのようですが、飲んでみると皆さんよく知る生ハムメロンが味わえるというような代物です。

今世紀に入ると、ポスト・エル・ブリを目指し、料理を五感で味わうようなプレゼンテーション料理(私が勝手にそう呼んでいます。パフォーマンス料理とも言えます。)が台頭してきます。
その代表がロンドン近郊にあるヘストン・ブルメンタールがオーナーシェフであるファット・ダック(ミシュラン3つ星。現在、改装のため一時休業中。)です。
たとえば、海産物の料理をよりおいしく感じさせるために、貝殻に仕込まれたiPodから流れる波の音をイヤホンで聞きながら食すことを勧められます。
私が訪問した時に最も気に入ったのは次のような料理です。
オレンジ色と赤色のゼリーのようなものが出てきて、「オレンジとビーツのゼリーです。オレンジから食べてください」と説明を受けます。
そしてオレンジ色のゼリーを口に運ぶと、一瞬奇妙な感覚に陥ります。
実は、オレンジ色のゼリーがビーツ味で、赤はオレンジ味と言うトリックです。
もはや、料理と言う枠を超えているかもしれません。
2011年にエル・ブリが休業すると、ここ数年はデンマークのレネ・レゼッピ率いるノマ(2002年にスタートし近年レストランの評価ガイドとして注目を浴びているサンペルグリノ世界のベストレストラン50で1位を獲得。ミシュランは2つ星。)を代表とした北欧の時代と言われています。
スペインやフランス等の有名シェフの元で色々なテクニックを学んだシェフが地元に戻り、現地の珍しい食材を使用して創作した料理は、食材が一般に知れ渡っていない分、独創的なものとなるからです。
そして現在、アマゾンの未開の食材を有する南米の時代が来ると言われています。・
さしずめ、代表格はブラジルのアレックス・アタラシェフのD.O.M.とペルーのビルヒリオ・マルティネスシェフのセントラールでしょうか。
そのうち日本でも名前を聞くようになるかもしれません。