【 アピシウスのワインリスト 】
私が、フランス、イタリア、スペイン料理等のレストランの評価を考えるとき、一般の評価と比較するとワインの割合がかなり高くなっていると思います。
それはワイン好きな私にとって、ワインリストはソムリエのアート作品であり、オーナーの経営に対する姿勢が表れると思うからです。
以前、誠文堂新光社から出版されたムック本の「ワイン&ソムリエVol.2」のスーパーバイザーをしたことがありました。
タイトルは「華のあるワインリスト~名店のワインリストを一挙公開~」と言うもので、
レストランのワインリストにフォーカスを当て、なぜそのようなワインリストになったかをソムリエの方にインタビューするというものでしたが、このような企画を提案したのもそういう思いがあったからです。
私が今まで出会ったリストで、一番素晴らしいと思うのは、現在は銀座のアルバスのオーナーソムリエである仲田氏が、シェフソムリエをされていた時代のアピシウスのワインリストです。
アピシウスは、かつてジャンルを問わず日本一のレストランと言われた名店です。
料理は、素材にこだわりフランスからいい食材を厳選輸入するのに加え、北海道の農場や牧場と契約を交わし、且つブロンのカキまで日本で養殖させていました。
付け合せの栗、テーブルを彩るカトレアも自前。
旬にこだわり、ジビエ、トリュフの季節は当然のことながら、季節感の出しづらい5月も、グルヌイユやタンポポの葉のサラダなどがメニューに上がりました。
デザートも作り置きのガトーやコンポートをワゴンサービスするなどという演出でごまかすことはなく、十数種類におよぶデザートをメニューに載せメインを食べた後にオーダーするというスタイルでした。
アミューズグールをとっても、アワビのジュレ、サーモンのタルタル、イサキのフライ、牛タン入り鶏のテリーヌ、フォアグラのムース、アンズとプラムの入った肉のテリーヌ、仔羊のマリネ、かさごのから揚げ、ホタテと白身魚のテリーヌ、うなぎの燻製、すなぎもとトサカのフライ、ヴィシソワーズ、小ダイのパイ包み、アミガサ茸とホタテのテリーヌ、牛タンのコロッケ、タラのブランダード、マテ貝のジュレ、巻き海老と蟹のパートフィロ包み、サヨリのフリット、黄ピーマンのムース、イカとカブのマリネ、豚耳と豚足のテリーヌ、揚げ餃子、ホッキのマリネ等々、毎回異なるものが提供され、味も申し分ありませんでした。
サービスも文句なく、素晴らしい体験をあげればきりがありません。
例えばプライベートで行った直後に上司に連れて行ってもらったとき、サービスの担当の方が私の担当とは違う方にもかかわらず、前回品切れていた皿(トリュフ料理でしたので限定の皿でした)がまだ残っていることを上司に気付かれないようにささやく、といったような心遣いが当たり前に行われていました。
空間も、壁にはシャガールをはじめゴヤやアンドリュー・ワイエス、精神状態がいい頃に描いたと思われるユトリロが掛けてあったりして内装もグランメゾンのお手本のようでした。
前置きが長くなりましたが、ここからが本題のワインです。
アピシウスはワインに関しても超絶で、仲田氏が作るワインリストは、私にとってはバイブル的な存在で、今も頂いたワインリストを額に入れリビングに飾ってあります。
最近のグランメゾンのワインリストは、在庫してあるものすべてを載せて、たくさんコレクションしているでしょうと誇示するような電話帳タイプが多いのですが、アピシウスのワインリストは300本くらいのワインが厳選され、1本1本に存在意義のある贅肉が一切ないタイプで、オンリストされたワインですべての顧客の好みに満足を与えるものでした。
ほとんどのワインをリリース直後に購入し、熱海にある自社のセラーで寝かせ飲み頃のものをレストランに運びオンリストするというやり方でしたので、ボルドーにしても、ブルゴーニュにしても、いいヴィンテージの飲み頃のものが最も厚くオンリストされ、かつリーズナブルな値段で提供されていました。
ワイン好きが喜びそうなマニアックなワインも随所にちりばめられ、かつ価格が高騰する前に購入しているため、市場価格よりも安価で提供されていたりして、常連はそれをワインリストの中から探すのをレストランでの楽しみの一つとしていました。
通常はワインの在庫が1~2本とかになるとワインリストから外すのですが、アピシウスでは1ケース(12本)を切ると外していたそうです。
残念ながらそんなレストラン、世界中探したってもうないと思います。
安易な方に流されてしまうのが世の常で、高級レストランでもコース料理が主流になり、内装、サービスが簡素化され古き良きグランメゾンが絶滅の危機に瀕している中、現在のアピシウスは、フランスのレストラン評価本であるゴ・エ・ミョーのフランス的な独特の言い回しを真似れば、「時代の流れに挑戦している数少ないレストラン」と言う感じでしょうか。